2014年度学会賞表彰作品およびポスターセッション優秀賞についてご報告いたします。
2014年度 学会賞 講評
- 著作賞
- 姜聖淑(カン・ソンスク)『実践から学ぶ女将のおもてなし経営』(中央経済社 2013年11月)
<講評>本書は、旅館の女将の組織における役割について経営学をベースに研究したものであり、2006年に提出した博士論文が基になっている。日本の宿泊施設における組織やサービス内容、サービスの提供の仕方における独自性を担うという点で、女将の役割は学術的な分析に値すると考えられるが、「女将」のキーワードで論文を検索しても、女将に関する学術研究はほとんどなく、一般向けの記事で女将をとりあげている場合には、主に女将の奮闘ぶりや女将によるサービス(ホスピタリティ)の内容に焦点が当てられている。本書は、アンケートやインタビューを実施し、定量的・定性的の両方の分析手法を用いて、組織における女将の役割について学術的に詳細に検討している上、サービス提供の現場における組織のリーダー(管理職)としての人材育成における役割や従業員ひいては施設のホスピタリティの志向性への影響に力点をおいて調査している点にオリジナリティがみられる。
以上から、本書は、ホスピタリティ・サービスという分野において、大きな学術的な貢献をなしていると考えられ、学会賞に値すると思われる。 - 神田孝治『観光空間の生産と地理的想像力』(ナカニシヤ出版 2012年7月)
<講評>本書は、著者が大阪市立大学に提出した博士論文を加筆修正したものに、博論提出後に発表した論考を加え、全体を練り上げたものである。それらは、2001年~2011年に執筆した学術論文が元になっており、多様な対象にアプローチする著者の観光研究の高い水準を示している。
著者は近代および戦後の観光地形成のプロセスを、社会構築主義的な視点から、理論的かつ実証的に論じている。素朴実証主義から脱皮して「文化的転換」を経験した現在の文化・社会地理学の方向性を示した著書としても、大いに評価できる。
あえて、課題を見出すなら、多様な対象を相手にしながら、グローバルあるいはローカルな「政治」により空間が「生産」されるとする論理が、常に紋切り型である点であろう。これは、逆に言えば、欧米の理論的な諸成果を吸収した著者が、確固たる視点・方法を持つことにほかならない。
多くの場合、ともすれば事例報告に流れやすく、あるいは理論的枠組みを単純に当てはめがちな観光研究に、理論と実証を兼ね備えた点において学会賞に値する著作である。
- 姜聖淑(カン・ソンスク)『実践から学ぶ女将のおもてなし経営』(中央経済社 2013年11月)
- 著作奨励賞
- 宮城博文『沖縄観光ホスピタリティ産業』(晃洋書房 2013年2月)
<講評>本書は、著者による博士論文「ホスピタリティ産業の形成におけるデスティネーションの発展――沖縄県におけるホテル業の集積の経緯、及びサービス・コンセプト提供の実現を中心に」が基になっている。内容は大きくは、先行研究の検討と事例研究という2つの部分から構成されている。先行研究の検討にあっては、第1章で観光学及び経営学の領域におけるデスティネーション研究のレビュー、第2章でホスピタリティ産業研究のレビューを行なっている。これら先行研究の検討から経営学的なクラスター・モデルに注目し、これをふまえて、続く第3章以下では、沖縄県のホスピタリティ産業における市場特性を分析している。具体的には、第3章でまず日本と沖縄県のホスピタリティ産業の規模について考察し、第4章では沖縄県の宿泊業における歴史的形成過程を整理しつつ、宿泊業が航空業をはじめとするホスピタリティ関連業と連携することにより、沖縄県のホスピタリティ産業群はそのクラスターを形成し強化していったことを見てとる。第5章から第7章では、宿泊業と旅行業における企業の具体的な事例研究を行ない、沖縄県のホスピタリティ産業クラスター形成のプロセスを描写している。以上の研究は、デスティネーション研究及びホスピタリティ産業研究に対して大きな貢献をなしうるものであり、その点で今後の観光経営学的な研究において重要な足跡を残していると言える。こうしたことを鑑みて、本書は奨励賞に推薦するに充分値すると考える。
- 宮城博文『沖縄観光ホスピタリティ産業』(晃洋書房 2013年2月)
- 論文賞
- 曽山毅「日本統治期台湾における修学旅行の展開――『台湾日日新報』を中心に」(『観光学評論』Vol.1 No.2、pp.185-202)
<講評>本論文は、日本統治期台湾の教育機関が実施した修学旅行について、民族属性や選択された参観地などに注目し、植民地統治において修学旅行の有する意味を論じたものである。
まず本論文は、総督府国語学校に導入された修学旅行には、統治者=日本人、被統治者=台湾人という図式が顕著に現れており、これが日本統治期の修学旅行の基底に存在し続けたことを指摘する。だが、当初総督府中学校が実施するだけだった南支修学旅行が、1920年代になると、台湾人の比率が高い学校でも実施されるようになり、民族属性と参観地の結びつきは緩み、台湾と内地の関係も微妙な変化を見せるようになったことが、次に描写される。1920年代後半には、内地修学旅行を再認識する動きも見られたが、この時期に内地修学旅行にはある種の「ねじれ」が生まれていることを本論文は結論として述べる。数十年におよぶ日本統治を経て、経済的にも社会的にも統治者日本人に対抗しうるようになった一部台湾人は、その子どもたちを中等教育機関に進学させ、上級学年では内地修学旅行にみられる「遊覧」の要素に満ちた高額の旅行を行い、内地修学旅行が日本統治下において被統治者として身を立てるための「(日本への)巡礼の旅」ではなくなっていた。それに対して、「湾生」の日本人生徒・児童にとっては、内地修学旅行は「真正な日本」をもとめる「巡礼の旅」となっていたのである。こうした「ねじれ」を日本統治期台湾における修学旅行の中に探っていく研究は、観光の歴史学、観光の歴史社会学の領域に位置付け得る非常に重要な考察であり、観光学術学会論文賞に相応しい論考だと言える。
- 曽山毅「日本統治期台湾における修学旅行の展開――『台湾日日新報』を中心に」(『観光学評論』Vol.1 No.2、pp.185-202)
- 論文奨励賞は該当なし
ポスターセッション
- 概要
今年度は、15件の応募がありました。大学数では8校であり、今年度初めて応募いただいた大学も複数ありました。個人研究、グループ研究、ゼミでの研究などに取り組んで頂き、多彩なテーマの研究が寄せられました。応募して頂いた学生の皆様、ご指導いただいた会員の先生方に深くお礼を申し上げます。また大会初日には、大勢の皆様にセッション会場へお運び頂き、活発な質疑応答や議論を展開して頂きました。その結果投票総数75票のなか、学部学生発表奨励賞として、最優秀賞、優秀賞を各1点決定いたしました。
- 最優秀賞
- 松山市三津浜地区における古民家・空き家の利活用と地域振興―Iターン・Uターン者に着目して―
(愛媛大学法文学部人文学科観光まちづくりコース 河合彩花、玉里壮司:指導教員 井口梓)
- 松山市三津浜地区における古民家・空き家の利活用と地域振興―Iターン・Uターン者に着目して―
- 優秀賞
- 「自分探し」から「みんな探し」へ~ソーシャルネットワーキングツーリズムの社会学~
(関西大学社会学部山口ゼミ 大橋貴史、小川実紗:指導教員 山口誠)
- 「自分探し」から「みんな探し」へ~ソーシャルネットワーキングツーリズムの社会学~
最優秀賞の研究は、松山市三津浜地区において、Iターン、Uターン者のショートライフヒストリーを分析し、古民家と空き家の利活用による地域振興の可能性について、時代的な変遷も含めて説得的に分析しています。
優秀賞の研究は、ラーメン食べ歩きに注目して、食べログなどのSNSの口コミの効果と観光行動の関係を「自分探し」から「みんな探し」への展開という概念で見事に説明しています。
全体の研究の特徴として、テーマとしては、ゆるキャラ、アニメ聖地巡礼、SNS、インバウンド対応、震災や災害とツーリズム、道の駅やSA、駅、商店街活性化、シニアツーリズム、交通政策など、観光者、情報、地域、政策、産業など多岐に渡っていました。
研究手法としては、観察やインタビューなどのフィールドワーク、アンケートなどを実施して、一次資料の収集に務められた様子がよくわかる研究が多く見られました。また、対象地域やテーマに自ら関与し、実践的な経験から議論を組み立てられているものもありました。
研究のまとめ方としては、資料分析からオリジナルな概念化に取り組んだもの、資料分析からさらに踏み込み、行政や関係者に対する提案の形でまとめる作品が複数見られたことは、特徴的でした。
今回3回目を迎えた学生ポスターセッションですが、年に一度、学生の学習研究を、一定の成果としてまとめ、観光研究の専門家や同じ領域に関心を持つ多くの方々に自らの言葉で伝える、という貴重な機会を提供しているのではないかと思います。その意味では、今回の投票の結果に関わらず、取り組まれた学生の皆さんにおかれましては、何らかの学びが得られ、今後の課題を発見することができたことを期待しています。またセッションでのやりとりでは、世代を超えた研究交流がみられ、学会として後進の育成という責務を果たす機会になったことと願っております。