学会賞選考委員会による厳正な審査の結果、以下の著作・論文が2013年度の学会賞として選定され、観光学術学会学会第二回大会におきまして、学会賞の授与式が行われました。
著作賞
須藤 廣『ツーリズムとポストモダン社会―後期近代における観光の両義性』 (明石書店 2012年)
<講評>
本書は、以下の三点において卓抜した研究成果を挙げている。第一に、ブーアスティン、マキァーネル、アーリなどの観光研究の古典と目される議論を高次に批判検証し、現代日本の観光現象に適用して独自の議論を展開していること。第二に、ギデンズ、バウマン、ベックなどによる国際的に論究される社会理論を観光研究へ接続し、本書の副題にも掲げられた「観光の両義性」という新たな理論的課題を探求していること。第三に、筆者が長らく実地踏査を重ねてきたタイやハワイなどの海外事例、および湯布院や北九州各所などの国内事例について、上記①と②を援用した実証的で説得的な考察を実現していること。
とくに上記②と関連して、観光と他分野の理論的考察が交流する回路を開いて見せたことは、重要な貢献である。この回路は、観光研究者が社会理論などを参照する機会となるだけでなく、逆に観光を研究対象としなかった他分野の研究者が、観光にも注目する機会となることが期待できる。このため本書は、観光研究が展開できる可能性を指し示し、新たな観光理論の構築に多大な貢献を果たしている。
著作奨励賞
須永和博『エコツーリズムの民族誌――北タイ山地民カレンの生活世界』
(春風社 2012年)
<講評>
本書は、北タイ山地民カレン社会の手堅いフィールドワークをもとにして、文化人類学の視点から、グローバル化が進行する不均衡な力関係の中で先住民がエコツーリズムの実践をとおして対抗的な公共圏をつくり出していく様相を分析したものである。「世界システムの周辺に生きる「小さな共同体」の人々が、一定の自律性を確保しつつ、観光に関わっていくことはいかにして可能か」という問題設定が的確におこなわれ、外部者によるカレンのロマン化に取り込まれているのか、あるいはそれに対して社会的弱者として抵抗しているのかという二元論に陥ることなく、山地民が「多様なアクターと関係性をもちながら、競合し、折り合い、協働していく日常的実践」の様相を長期間の住み込み調査によって丹念に描き出したことは、観光研究の進展と観光理論の構築に重要な貢献をなすものであり、著作奨励賞に価すると判断される。
著作奨励賞
山口 誠『ニッポンの海外旅行――若者と観光メディアの50年史』
(筑摩書房 2010年)
<講評>
本書は、文化が生み出されていく回路としての旅行に注目しつつ、メディアと旅行の関わりを考察したものである。メディアの中でも、特に本書はガイドブックを主に取り上げながら、1960年代、70年代、80年代、90年代、2000年代にかけて、現代日本におけるガイドブックの位相の変化が旅行のあり方に大きく関連していることを明らかにしている。こうした点において、本書は、観光研究のみならず、メディア研究、社会学的な研究の流れにおいても、非常に大きな知的貢献を果たす業績となっている。さらに筆者は、今後は「買い・食い」中心の街歩き以外のやり方で、地域の文化や歴史の文脈にふれるような旅のメディアが重要となるという主張を行っており、観光とメディアの関連性が果たし得る可能性についても重要な示唆を行っている。こうしたことを鑑みて、本書は奨励賞に推薦するに充分値すると考える。
論文奨励賞
安田 慎「倫理からシャリーア・コンプライアンスへ―オルタナティブ・ツーリズムとしてのイスラミック・ツーリズムの発展」(『観光学評論』第1巻第1号 pp.51-67)
<講評>
本論文は,近年発展してきたイスラミック・ツーリズムについて、これに関わる概念「シャリーア・コンプライアンス」(イスラーム的に合法であることを示す用語)と実際の観光市場の結びつきを分析し、観光研究におけるイスラミック・ツーリズムの位置づけを検討したものである。本研究は、国際観光市場全体に対して倫理や社会的責任を問うというイスラミック・ツーリズムの独自性は、国際観光市場・観光活動の改善をめざすオルタナティブ・ツーリズムを求める動きにも通ずることを指摘する。イスラミック・ツーリズムの概念と観光形態は、日本ではこれまでほとんど扱われることのなかったテーマであり、これに着目した本研究の先駆性は高く評価されうる。また、イスラミック・ツーリズムをオルタナティブ・ツーリズムの一環としてとらえる視点は、オルタナティブ・ツーリズムの研究の幅を広げ、観光学の深化に貢献すると考えられることから、論文奨励賞にふさわしい論稿と判断する。
※論文賞については該当なし